職場の熱中症対応について

皆さんこんにちは。うえまつ産業医事務所です。

熱中症の応急処置といえば、「首・わきの下・足の付け根(太い血管が通っている場所)を冷やす」。 しかし近年、冷却パックなどが限られている場面において、「どこを冷やすのが最も効果的なのか」という点について新たな知見が示されています。今回は、熱中症の応急処置のアップデートと、法改正を踏まえた職場の備えについてお話しします。

1. 首やわきの下より「手のひら・足の裏・頬」?

2015年にスタンフォード大学の研究グループが発表した非常に興味深い実験結果があります。 健康な成人男性を40℃の室内で歩行させ、深部体温(食道温)が39.2℃に達した時点から30分間、「①無処置」「②従来部位(首・わきの下・足の付け根)」「③無毛皮膚(頬・手のひら・足の裏)」を冷やす3つの条件で比較しました。

その結果、10分あたりの深部体温の低下は以下の通りとなりました。

  • 無処置: 0.12℃
  • 従来部位(首など): 0.17℃
  • 無毛皮膚(頬・手のひら・足の裏): 0.30℃

「無毛皮膚(毛の生えていない皮膚)」には、「動静脈吻合(どうじょうみゃくふんごう)」という血管の網が密集しており、体の芯の熱を外へ逃がす『放熱窓』として働いています。太い血管の上を冷やすよりも、この放熱窓を直接冷やした方が、約1.8倍も速く体温が下がったのです。

2. 冷却の「第一選択」はあくまで全身冷却

ただし、「首を冷やすのはやめて、手のひらだけを冷やせばよい」という話では決してありません。

日本救急医学会の『熱中症診療ガイドライン2024』では、全身に水をかけたり水風呂に浸けたりする「Active Cooling(積極的冷却)」の重要性が明確化されました。また、深部体温40℃以上で意識障害を伴う最重症の「Ⅳ度」が新設され、「深部体温の測定を待たずに、直ちに冷却を始めること」が強く求められています。

つまり、現場での優先順位は圧倒的に「①全身を水に浸ける・水をかけて大量の風を送る」ことです。冷却パックを貼る部位の工夫(手のひらや足の裏)は、全身冷却がすぐにできない現場での『上乗せの処置(局所冷却)』として理解しておくことが重要です。

3. 事業所が作成すべき「救護手順」の具体策

2025年6月の労働安全衛生規則の改正により、「WBGT(暑さ指数)28℃以上、または気温31℃以上の環境」で一定時間以上の作業がある事業場には、熱中症を予防・対処するための【体制の整備】【手順の作成】【周知徹底】が罰則付きで義務づけられています。

この義務化された「手順書」には、いざという時に現場が迷わないよう、以下の具体的な内容を書き込んでおくことをお勧めします。

  • 冷却の第一選択を明記する: シャワー、散水ホース、衣装ケースやブルーシートを使った簡易浴槽など、「現場で数分以内に全身を濡らせる手段」を先に決め、場所と担当者まで書いておく。
  • 冷却パックは「頬・手のひら・足の裏」も加える: 貼るなら従来部位+無毛皮膚。いざという時に足りなくならないよう、1人あたり6個以上を目安に備蓄量を見直す。
  • 判断基準は「体温」より「意識」: 「呼びかけへの反応が鈍い」「言動がおかしい」時点で、直ちに救急要請と全身冷却を開始する。体温計での測定を待つ必要はない。
  • 「冷やしながら待つ」と明記する: 救急車の到着をただ待つのではなく、搬送を優先して冷却を後回しにしない。
  • 単独作業を減らす: 重症化の最大の原因は「発見と対応の遅れ」です。2人1組での作業や、定時巡視・声かけをルール化する。
  • 年1回、実際に水を出して訓練する: 手順書は、実際に動いてみて初めて「ホースが届かない」「水が出ない」といった穴が見つかります。

おわりに

熱中症による悲しい労働災害を防ぐことができるかどうかは、当日の現場の判断力だけでなく、「事前の備え(環境と手順)」によって決まります。

「手のひらを冷やすと良いらしい」という新しい知識をきっかけに、ぜひこの夏のうちに、自社の熱中症対策の手順書や備蓄品をもう一度見直してみてください。

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